既に紹介したが、夏目の「吾輩は猫である」にも書いてある通り、
猫にも、人格(猫格?)と言うものがある。
ー 元来人間が何ぞと言うと猫猫と、事もなげに軽侮の口調をもって、
吾輩を評価する癖があるのは甚だ良くない。、、、
よそ目には、一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などは
ないようであるが、猫の社会に入って見ると中々複雑なもので、十人十色
という人間界の言葉はそのままここにも応用ができるのである。目付きでも、
鼻付きでも、毛並みでも、足並みでも、みんな違う。髭の張り具合から
耳立ちの按配、尻尾の垂れ加減に至るまで同じものはひとつもない。
器量、不器量、好き嫌い、粋無粋の数をつくして千差万別と言っても
差支えない位である。そのように判然たる区別が存在しているにも、
関わらず、吾等の性質は無論相貌の末を識別することすら到底出来ぬ
のは気の毒だ。ーー
我が家の猫族も同じである。五猫五色である。
さて、次に紹介するのは、人格(猫格)に勝れたチャトについて、その
半生を少し振り返ってみよう。
実は、チャトの始めにつけた名前は、「チャトラ」であった。今も、
動物病院の登録は、チャトラである。白い毛並みにやや縞柄の茶色で
あったのを見たママが、彼は、「チャトラね!」で決まり。
僅か数秒での命名式であった。その後、その名前の長さから、いつも
まにか、「チャト」と短縮版となった。
チャトは、時々主人と話をする。そして、よく言ったものである。
「俺はチャトラの方が、威厳ありそうで、気に入っていたのに、ママの
やつめ、自分で率先して、チャトと呼ぶなんて!!」
と、始めの内は文句を垂れていたが、最近は、彼も歳のせいか、馴染んだ
せいか、一応満足している様である。
慣れとは、げに恐ろしいもの。
チャトとの出会いは、ある病院の駐車場であった。そぼ降る雨の夕刻、
主人とママが車に乗ろうとした時、耳さといいママが、何処かで
猫が鳴いているわ?の一言が、チャトの人生、猫生を変えた。
我が家の車の下で、やけに耳の大きな茶系の猫が、震えて鳴いていた。
秋の日の釣瓶落としの中で、一段と大きな声が聞こえる。
「寒いです。お腹も減ってます。どうか、何か下さい!」
チャトも必死であったのだろう、何人かの人が傍を通っていくが、
誰も、その声に気づかない。
主人が手招きすると、スーと寄ってきた。多分、何処かで飼われていたが、
捨てられたのか、迷ったのか。
「しょうがないな!」主人とママが、顔を見合わせ、一言。
これで、チャトは、我が家の一員となった。既に、12年が経った。
その時からであろうか、チャトだけが主人と話が出来る。
チャトの必死さが、主人との距離を縮めたのであろう。
チャトはいまでも、車に連れられ病院の駐車場にぽーと置かれた時の、あの
不可思議な感覚を忘れていない。多分、死ぬまで忘れないであろう。
そして考え、結論に達した。二度と同じ眼に会わないためには、飼い主
とのキチンとした意思疎通が必要なのだ。そのため、人間の行動と話す
事を理解しようと絶えず主人の傍で、主人が様々な人と話す行為から
言葉を学んだ。全てが分かったわけではないが、意思の疎通は可能となった。
確かに、他の猫たちは息子たちが連れてきたのであり、出会いの強さでは
チャトに勝るものではない。しかも、他の4人は、食べ物を心配する
ことへの恐怖がなくなった時点で、ただの猫の生活に甘んじる事を
選んだのだ。
チャトは、良く食べた。最近は、歳のせいかその食欲はかなり落ちたが、
他の猫の倍は食べる。大きくなるのも、早い。
しかし、その優しさからか、喧嘩には、めっぽう弱い。外見的には、
体重9kgの大型猫で、その目つきは鋭いのであるが、どこか
凄みはない。人間でも、その性格が表に出てくるが、それと同じ。
なにしろ、我が家の他の猫は、皆他チャトの傍に行く。そして、
チャトは皆の毛づくろいを手伝うのである。まるで、母猫が、
そうする様に!
しかし、拾われて3,4年は、オスとしての自覚か?よく町内
に出かけては、ボスになろうと?頑張っていたようである。
ある時、主人の目の前で、その頃ご近所を仕切っていたクロネコ
に挑んだことがあった。相手は、この辺では、負け知らズのボス
である。お互い暫くの威嚇の後、チャトはスゴスゴと耳を下げ、
「負けました」の態度、1分の勝負であった。
また、耳と顔に傷を負って帰ってきたことがあった。そのときは、
徹底的に闘ったのであろう。でも、様子からは、負けたのだ。
主人の横に来ると、そのまま動かず、ただひたすらべったり
張り付いている。時たま、悲しげな目で主人に訴えている。
「今日は、絶対勝つと思ったけど、結局、徹底的にやられた。
何で、俺は、こんなに弱いんだ!嫌になるよ」
「まあ、無理して喧嘩に勝つこともないんじゃない」
主人の激励を受けても、三日ほど、ソファから動かず、食事もしなかった。
それ以来、チャトは、平和主義者に転身した、というよりも、
転身せざるを得なかった。
そして、主人やママのご意見番になった。他の猫の代表者として、
その後、多くの待遇改善を要求してくるのである。
しかし、主人とママは、その多くを許し、実施した。だが、それが
チャトとの付き合いを短くするものであることは、そのとき、誰も
想像していなかった。
人間には、同じ様な痛い目に会っても、死ぬまで同じ過ち
をするのが、多い中、チャトは立派?かもしれない。
己を自覚し、等身大での自分を見つけ、その出来る範囲で、
己が人生を生きる。
そこが、主人とママに気に入られている所でもある。
我が家は、3人の息子がいるが、まだまだチャトの心境に
達したものは、いない。まあ、30代の男供では、仕方ない
かもしれないが。3人が三様の過ち?で、豆腐に頭をぶつける
如く、色々とトラブルを起こしてくれる。もっとも、チャトの
様に、主人の横に来て、嘆くことも無いが。
逆に、立ち直りも早く、反省し、今後のためにその経験を
活かすことをしないのも、人間特有の?サガかもしれない。
チョット、横に逸れたが、まあ、いずれにしろ、チャトは、我が家
では必要不可欠の猫として、その存在を認められている。
ママ曰く、
「最後に残るのは、チャトになってよ!!」
真剣な眼差しで、チャトに言い聞かせているが、チャトは、ただあの
鋭い目で見つめ返すのみ。
「そんなこと言われても、私の寿命は、1丁目の仙人猫によれば、長くて
あと10年ほどと言われた。猫は自分の死を予想できるって話もあるようですが、
なんとも、言えませんよ」と良く主人に言ったものである。
ライとレトは、8年ほど前のある晩、3番目の息子が突然、連れてきた。
ダンボールの中に、なんと2人も入るではないか!
しかも、雑種中の雑種、よく見かけると言う意味だが、黒縞の兄妹2人。
息子曰く、車で帰ってくる時に、道路の真ん中に置かれていたとの事。
我が家では、信じられない行為だが、、、、、。
世も末である。
家族全員、
「誰や!」「アホと違うか!」「よくそんな殺生みたいなことが出来るね!」
等など、怒涛の怒りの中で、必然的に、2人の受け入れは決まった。
ここからは、ライの独白を少し聞いてもらおう。
「あの時は、恐かった。なんか横を恐ろしい音を出しながら、
車と言うのが、通り過ぎるし、レトの奴は、こわい、といって泣くし」
「そしたら、突然、車が停まって、2人の気の良さそうな人が来て、、、、
何か喋っていたけど、ひょいと箱を掴んで、車に乗せられた。」
「チョット、安心したけど、何処へ行くの?」
「突然、周りが騒がしくなったと思ったら、ガヤガヤ騒ぎながら、
順番に、箱の上から覗きに来るのよ」
「まあ、あれから大分経つね!」
「今は、あのおっかないナナおばさん、チャト兄貴、レト、そして、
チョット前に、これも、突然、我が家の住人になったハナコの
5人の生活よ!」
「結構、毎日を楽しく過ごさせてもらってる」
「何処かの人が、猫がその家を乗っ取る方法について、色々と
入っていたけど、此処では関係なし。」
「なにしろ、ニヤオーと一声鳴けば、主人かママがドライフードか
缶詰を直ぐくれるし、天国よ!!」
もっとも、これらは、チャト兄貴のお陰だけど。
「何しろ、俺のおねだりは他の誰にも、負けないぜ!」
「昔、ディズニーのアニメで怪物王子の友達の猫を覚えてる??」
「あいつが、何か格好よくするときに、目を大きくして、うるうる
する仕草があるのよ。」
「俺もそのスタイルで、主人とママに迫ると、まあ、直ぐくれるね!」
「夜の散歩も結構、大脱走並みに、鍵の掛かっていない窓を
開けて、楽なもんよ!」
ライの得意技は、眼を活かした甘えポーズの上手さである。
下から上を見上げるように、少し潤んだ瞳を主人とママに見せるのだ。
もっとも、これは主人とママだけではない。我が家に来るお客に
は、少しライに気があるな、と思ったら、直ぐにでも、この「潤んだ瞳」
作戦を実行する。これをやられると大体間違いなく、「わおーこの猫
可愛いね」の賛美を得られることとなる。
「何しろ、俺の力は、固く閉まった窓でも、結構開けるぜ。」
「もっとも、それが近所の猫供と、力比べや喧嘩をするとなると
どうもでないけど、、、」
「主人曰く、ライ、力で勝とうと思うな、眼で勝て!と俺には
よく分からない哲学的な励ましがあるけど?余計分からん」
「最近は、1丁目のクロネコさんと仲良くやってる。彼は、
この辺のボスだから、一緒に歩いていると、他の猫供は、
避けるし、なんか俺が強くなった感じ。」
(これを世間では、トラの威をかる、、、、、と言うが、ライ君
分かるかな)
「それに、チョット前に、出会った3丁目のララさん、たまたま、
俺が、3丁目を歩いていたときに、開いた玄関から出てきたのよ!」
「あの蒼い眼にふさふさのやや灰色がかった長い毛、凄い美人」
もっとも、直ぐ後からお婆さんが出てきて、
「ララ、待っておくれ?勝手にお外に出てはダメ!」
と連れ戻されたけど。
「それ以来、ララさんと一言でも、話したいと夜な夜な、あの家の
庭先で、待ってるけど、家からは出らないようで、、、、、」
「可哀相なララ様!!!!」
「俺の想いは、何時になったら、ララさんに届くのだろう?」
もっとも、その様な想いとは別なのか、今日も、ご機嫌に
食べて満腹となったこのライ君。今は腹を丸々出して、ソファー
の上で寝ている。
多分、愛しのララの夢でも、見ているのかな。
その2
しかし、ライも、実は、ノンビリと寝ている閑は無かった。
チャトと主人の病気が発覚したのである。
チョット、時間を早めて、その近況を伝えよう。
病魔はいつもの間にか?2人の身体を衰えさせていた。
すでに、遠く琵琶湖には、蒼い空に入道雲が頭をもたげ、夏の日差し
の中に反り返ている。
庭の草花たちも新しい仲間がすでに消えかかっている紫陽花や薔薇に
代わり誇らし気に咲きかかっている。
木々の緑も深々とした黒さを持つものから薄い緑のものまで幾重
にも折り重なっている。
夏の太陽は、様々な色合いを演出している様だ。
遠く油蝉の声を聞きながら、チャトはゆるりと身体を持ち上げた。
すでにあの旺盛な体つきはすでに無く、削げ落ちた毛並みが痛々しい。
チャト 「俺もこの家に来て12年程、病院の駐車場で拾われたあの夜
のことは忘れられない。主人にも喧嘩で負けて何度も、慰めてもらったけ!
しかし、1ケ月ほど前から身体が重たい。庭に出るのも億劫だよ。
そろそろ、天国とやらに行く事になったのかな??
ライ「チャト兄貴も元気をだして!!まだまだ、俺たちは頑張らなくちゃ。
とは言うもの、ライとしては、何を頑張るのか?定かではない。」
レト 「 そうよ、チャトさんがいなくなったら、私はどうしたらいいの??」
(多分、気の弱いレトが、チャトの存在が消えると共に、一番、困るのかもしれ
ない。)
チャト 「俺としても、ママが病院へ連れて行ってくれるので、もう少し
頑張りたいけど?主人も俺と似た病気で入院しているとママが言っていたから、
そっちも心配だし、主人がいないと寂しいよ。」
ライ 「 そうね、あのおっさん、いると怖いけど、俺たちを見てくれているし、
チャト兄貴と同じで頼りがいはあるからな!!」
ハナコ 「 私も主人がいないと、レト姐さんが、私にいつも以上にあたるから、
しんどいわ!」
(とは、言うものの、ハナコは大の字になって、堂々と寝てはいるが)
いずれにしろ、ここの猫族にとって、主人の姿が自分達の記憶から消えるほど
いなくなるのは、初めてである。これは、主人の家族やママにとっても同じ。
主人も、チャトも、老いの成せる結果かもしれないが、緩やかに続く時間
の中では、ほんの一瞬のことかもしれない。
肉体が存在する間は、みんなの記憶にあるかもしれないが、やがて、その
存在さえ忘れ去られる。
我が家の猫族もハナコは別として、皆さん高齢化中。正に、日本の縮図
でもある。
「死」と言うものが、我が家で、現実となったのである。
「死」については、また、後日、少し考えてみたい。
ライの夢は、突然、破られた。
正に春眠暁を覚えず、晴天の霹靂である。
玄関のドアが、騒がしく開けられたと思うと、ママいる?の声。
4人は、一斉に逃げ出す。チャトは、何時もの如く、ソファーの下へ、
頭隠して尻隠さずの状態である。ライとレトは、慌てて、2階へ突進。
ナナは、自分の陣地である2階の寝室へこれも、脱兎の如く駆け上がる。
ハナコは、事情が分かっていないのか、気にしていないのか、そのまま、
腹を出して、椅子の上で、ご睡眠。大胆なのか、アホなのか、主人も
時たま、ハナコの行動を理解できないことがある。
我が家の、ハナコを除く4人は捨てられたと言うトラウマがあるのか、
人が来ると一瞬の内に消え去る。もっとも、このトラウマ説に、ママ
曰く、猫がそこまで考えないわよ、と即断。主人も、敢えて議論する
気は無いので、何時もそこで終わる。
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